再び響きへ / SEED 02 Growing
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言葉は、響きの翻訳なのか?

言葉とは意味だけではなく、響きを他者へ渡すための翻訳装置だったのではないか。

「ありがとう」

この言葉を文字で読むことと、
誰かの声で聞くことは同じではありません。

優しい声。

震える声。

笑いながら発する声。

小さくつぶやく声。

言葉の意味は同じでも、
受け取るものは大きく変わります。

なぜでしょうか。

声には、意味以外の情報があるからです。

高さ。

強さ。

速さ。

呼吸。

間。

リズム。

そして沈黙。

もしかすると言葉とは、
最初から独立して存在していたものではなく、

人間が感じていた「響き」を、
他者へ伝えるために生まれたものなのかもしれません。

嬉しい。

怖い。

危ない。

好き。

ありがとう。

その前にはきっと、
声や表情や身体の動きがあったはずです。

つまり、

響き → 感覚 → 言葉

という流れです。

そう考えると、
言葉とは響きを切り離したものではありません。

むしろ、

「響きを共有するための翻訳装置」

なのかもしれません。

SEED

言葉だけを理解するのではなく、
その奥にある「響き」を聞く。

それだけで、
人と人の関係は少し変わるのかもしれない。