音について考えていると、
不思議な場所へ辿り着きます。
それが「沈黙」です。
普通に考えれば、
音がある状態と、
音がない状態。
正反対のように思えます。
けれど音楽には「間」があります。
すべての時間が音で埋め尽くされていたら、
音楽は成立しません。
音と音の間にある静けさがあるから、
次の一音が響きます。
会話も同じです。
相手が話し終わる前に言葉を重ねるのではなく、
少し待つ。
その沈黙の中で、
相手の言葉が自分の中へ入ってくる。
森の中にいても、
完全な無音というものはほとんどありません。
風。
葉。
鳥。
呼吸。
自分の鼓動。
静けさの中へ入るほど、
今まで気づかなかった小さな音が見えてきます。
そう考えると、
沈黙は音の反対ではありません。
むしろ、
「音が響くための空間」
なのかもしれません。
会社にも。
家庭にも。
教育にも。
AIとの対話にも。
答えをすぐ出さない時間があっていい。
何もしない時間があっていい。
未来の自分を暇にするという考え方も、
突き詰めれば、
時間を空白に戻すことなのかもしれません。
SEED
余白があるから、響く。
音だけではなく、
人生にも同じことが言えるのかもしれない。